oozekitaku diary

倫敦

アルバムを整理していたら、面白いものを見つけた。
会社を辞めてすぐに、僕はイギリスに行った。その時の写真。
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その頃、Beatlesから時を逆に遡ってUKロックにどっぷりと浸かっていた。ホンモノを
この目で見てみたくて、勢いにまかせて渡ったのだった。

昼頃起きて足が棒になるほど街を歩きまわって、夜になると、ライブハウスに通った。
DJタイムに突入したそのハコで「サイダー」っていう酸っぱいビールを飲んだり友達を
つくったりしながら朝まで体にノンストップで音を流し込んだ。
ナイトバスっていう深夜2階建てバスが走ってて、多国籍な人達や濃厚なカップルたち
にまみれて明け方帰宅して同居人のフランス人(ジャミリア)に怒られたりしていた。

住んでいたのは、ロンドン郊外の、地下鉄ピカデリー線で空港から市の繁華街を抜けた
住宅地Bounds Greenという街。
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マイム・ダンスという、パントマイムの原型を学ぶダンス学校の学生たちと一緒に、
2軒隣り合わせの家のフラット(部屋)を音楽友達と折半で。同居人はアルゼンチン人、
オーストラリア人、韓国人、そしてさっきのジャミリアだった。ジャミリアはパンにイースト
という苦いやつをつけて食べていた。

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足を伸ばしてリバプールや、リーズという街にも行った。
リバプールには会うべき人がいて、その人と一緒にStrawberry fieldsとかPENNY LANE
とかCAVERN CLUBとかビートルズゆかりの地をめぐったり、リーズでは人生初体験となる
夏フェスに参加し、Beckとか、PulpとかGomezとかwannadiesとかGraham Coxonのライブ
を見たりした。

街は、歴史を「歴史的なもの」として手厚く保護する、っていうんじゃなく、
何回もペンキを塗り重ねて自然に、そこにあるものとして今と同居させている。

昔のものを大事に保管している、っていうんじゃなく、今に生かす・・
そういったたたずまいが僕は大好きだ。

とにかく、
行ってる期間内に経験できるすべてを吸収して帰って来ようと思った25歳の夏。
そこで得たことは、今も僕をかたちづくる一つの要素になっている。

* * * *

オリンピック開催決定のニュースで浮かれてた街に起こったテロ。
どこか遠くの知らないビルに飛行機が突っ込んだ時よりも、僕は数万倍もぞっとした。
大好きな街や電車やバスがめちゃめちゃだ。人も血を流してる。
そういうことで街への愛情を感じるなんて、皮肉すぎて言葉が出ない。

人ひとりって、ちっぽけな存在だね。
一人の意志の力ではどうすることもできない、歴史の大きな流れがあると思う。

そういうものが存在する限り(ていうかなくなるわけないんだけど)、
争いを予防することも警備することも、話し合いで解決しようと思うことも、実は無意味
なのではないかと思えてきたりもする。日本がなぜ日本なのか、ということくらい根源的
な話。

それに対し、「なすすべがない、お手上げだ」というのは簡単だし、自然だ。
憤るったって、何にどうぶつけりゃいいんだ。・・今僕ができることってなんだろう。

そう考えたとき、僕は、
いきいきと歌うことで、少しでも「生きている」ということを実感したい。
そして、街を笑顔にしたい。

そういうことですら、間違いなのだろうか。
と、思えてくる悲しみ。

2005年07月14日 16:09

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