oozekitaku diary

父親と僕

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机の上に置いてある写真は
団地に住んでいた頃、小さい僕を抱き上げる父親。

厳格な父親という印象よりも、
工夫して日々を楽しく、賢く過ごそうとしてた印象のほうを覚えている。
面白おかしい歌を歌いながら、こっちのほうが賢いやりかただ、と
スイスイ計算してスイスイ進めて行く。

なーんも知らずに鼻水をたらしていたあほな僕に、
たくさんの「経験」という機会を沢山与えてくれた。
痛いゲンコツも何度となくもらった。

ただ、思春期にこの人にぶつかり、
乗り越えて行くという経験はさせてくれなかった。
その部分は、僕にぽっかり抜けている部分といえる。

ただ、不在に対する怒りというのは不思議と、ない。
多くの人が抱えている欠落の部分のように、ただ単純に
そこにない、だけなのだ。

今この父親より完全に年上になってしまったけど、
まだ、この人を越えることができない。
いや多分、
一生越えることはできないんだと思う。


この人がいないほうの時間が長くなり、
いないことが当たり前になった現在、

感謝の気持ちとは一体何なのか、
この人に伝えるにはどうすればいいのか、考えて
・・・割と途方に暮れてしまう。

途方に暮れているだけでは、
鼻水をたらしてるガキに過ぎないので、

せめて、
こうやって感謝しなきゃと思える自分に育ててくれたことを、
感謝したいと思う。

たったひとりしかいない、
お父さんに。

2007年06月14日 00:42

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