小さな旅・長野2
姨捨(おばすて)は伝説がそのまま生きた名前だそうです。
年寄り嫌いの殿様が、年老いた母親を山に棄てるようお触れを出した。ある男は母を背負って山に一旦登ったが、結局決心できず母親を家に連れ戻し、匿って一緒に暮らしていた。
国が隣国に攻め入られようとしたとき「灰でなった縄を持ってこい。さもなければ攻め込むぞ」と言われ困り果てた殿様は知恵を求めた。男は母にその話をすると「塩水を混ぜた縄を焼きなさい」と教えてくれた。それを殿様に伝え、結局戦乱を免れたという。
殿様はたいそう喜び、この男にほうびを与えようとするが男は「ほうびはいりません。ただ、姨捨の決まりを廃止にしてください」と、親孝行・年寄りを大切にする心を説いた。殿様はいたく感心して姨捨の決まりを取りやめにしたーー。
こんな話が、駅に書いてありました。
実際年寄りを捨てにきた人がいたという記録はないらしいです。
この場所では、いくつかの歌が詠まれています。
・わが心慰めかねつ更級や おばすて山に照る月を見て(古今和歌集)
・おもかげや 姥ひとりなく 月の友(更級紀行/松尾芭蕉)
昔から月の美しさが描かれていた場所だったんですね。
伝説の背景を知ると、景色に深みが出てくるから不思議です。
* * *
姨捨をあとにして北上、長野へ。
朝ラッシュの長野駅、気動車3両編成で到着した飯山線の喧騒を横目に、しなの鉄道直通の軽井沢行きに乗り込む。
軽井沢は、去年Nack5の公開生放送でバカボン鬼塚さんとメイリーさんの番組にお邪魔した時に訪れました。確か東京から長野新幹線で1時間半位だった記憶が。開通で本当に近くなりましたね!
生演奏したスタジオがあった場所を訪れてみました。
以前お世話になったスタジオとか行くと、あの頃からどのくらい成長できただろうかと省みたりします。少しずつでも大きくなってたい。懐かしくなって開店直後のアウトレットを散策したりして、お昼に。
長野県軽井沢→群馬県横川は峠越え。
バスで山道を下ります。今回の旅は、大事な場面でバスが多いですね。
急坂奇岩を眺めながら横川に到着。
実はここ碓氷峠は以前、鉄道の難所でした。66.7パーミルの急勾配を、全列車EF63機関車2連で押し上げて走行していたんですが、先ほどの長野新幹線開通で路線ごと廃止となり、在来線は横川駅で行き止まりに。現在はバス輸送に代わったそうです。
中学校の頃、団地の友達だった子の新居がある蓼科に家族で遊びに行ったことがあったんですが、そのときにも特急あさま号への機関車連結作業で数分停車していた記憶があります。列車内で食べた駅弁・峠の釜めしを、今日はおぎのやのお店の中で頂きました。
104年続いた古き良き鉄道文化を保存しようと、横川駅で途切れたレールの先にある施設を見学してこの場を去りました(ここは個人的趣味が強すぎますので割愛させていただきます(笑))。
横川から高崎に出て、名残を惜しむかのように高崎から八王子へ向かうローカル線八高線に乗ることにしました。高麗川・立川で乗り換え、帰宅ラッシュの新宿へと戻り帰宅。新幹線で行けば1時間半でいける距離を丸一日かけてみました。
* * *
今回の旅は、植物を沢山観た。
山を覆い尽くす木々。花壇に揃って咲く名前の分からない花。空を映す田に植えられたばかりの稲。線路沿いの柱に必死で巻きつこうとする蔓。天空を目指し力強く伸びるタチアオイ。今が盛りとばかりに瑞々しい花をつける紫陽花。
春を終え、夏を前にした今の季節でしか見ることができない沢山の植物を目にした。
気持ちというのは一番はじめ、
自分でも気づかないくらいな無意識の感情の粒として心に落とされる。
何か分からないけど、悶々とする。何か分からないけど苛々する。
何か分からないけど、爽やか。何か分からないけど、ドキドキ。
それが何なのか、因果関係を突き詰めるのは大抵あとになってから「あ、それはこういうことで生まれた気持ちだったんだ」って理解することが多い。頭で理解したうえで、行動の拠り所になったり、人に分かりやすく伝えることができるようになる。けれど、心に想いの「芽」がしっかり植わらなければ、一時的な感情として忘れ去られ、花は咲きません。
歌はまさにそんな小さな小さな「想い」の芽を、説明できるようになる前の感情の粒を、分かりやすく伝えることで心に根付かせるものだと思うんですよね。

なんらかの形で今後花を咲かし、生い茂るであろう沢山の「想い」の芽が、
今回の小さな旅をとおして確かに、僕の心に植わった気がしました。
2007年06月19日 19:55
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