「恋オーラ」発売!

2005年6月29日、
オオゼキタク meets KissLivly Friends
「恋オーラ」、3Version同時リリース!
お近くのCDショップでお求め下さい。
忙しくてなかなかお店に行くのは大変・・という方のために、
通販もできるようになりました。
それからリクエストページを新設しました(PCのみ)。
http://www.oozekitaku.com/info/request.html
あなたの街のラジオ局に「恋オーラ」をリクエストしてください。
応援お願いしまーすっ!
2005年06月29日 11:55
L&FBP!

「恋オーラ」に沢山反響いただいてます。ありがとう!
発売前にこれだけ面白がってもらえるのは幸せなことです。
HPリニューアルとともに試聴もできるようになりました。
まだの人はListen & Feed Back Please!
この曲ではじめて オオゼキタク の存在を知ってくれた人も多いと思います。
今まで「ライブ」というチャンネルしか、僕を知るきっかけがなかったけど、
今は
Livlyをやってて、KissLivly Studioで知ってくれた人が、
ラジオで曲を聴いて、知ってくれた人が、
ニュースの記事を見て、気になって調べて知ってくれた人が、いる。
色んな入り口があるけど、
どんな形であれ、僕の「せつなPOP」な歌世界に興味を持ってくれたことを嬉しく思います。
「恋オーラ」はPOP寄りな作品。せつな寄りの曲は、Discographyをチェックしてみてね。
今度26、27日と神戸に行ってきます。
KISS FMにいっぱい出ます。
久々のラジオ。メールFAX待ってるよ。
Listen & Feed Back Please!
みんなの声を聞かせて。
2005年06月24日 17:25
夏に至る
もうすぐ2005年が半分終わろうとしている。
早いねー、なんて言ってられないけど、すごいスピードだった気もする。
6月21日、今日は夏至。昼間がもっとも長い日。
晴耕雨読といきたいものの、なんとなく晴れてしまう日々が続いて困惑。

今はとにかく心に栄養。横浜ウォーカーの取材後、文庫本とipodをポケットに入れて、
キックスタート。太陽の顔色を伺いながら葉山一色海岸へ向かった。

ipodはいらなかった。音は、波音でじゅうぶん。
考え事に疲れたら、遠くを眺めたりしてね。

反り返った青い波、叩きつけて砂を引っかいて沖へ戻っていく。
28度も越えていこうとする気温、もう海に入って遊んでる子もいてびっくり。

せっかくだから足つけてみる。
ひんやり、夏の感触がした。

いきつけの海小屋も7月オープンに向けて建設が急ピッチ。
マスターの村野さんに1年ぶりのご挨拶。インディーズの頃、イベントをやらしてもらって
からの付き合いだけど、5月にライブにゲストで出させてもらった竹仲絵里ちゃんはよくこの
海小屋でライブをやるそうで、そういうつながりのこととか柏GFKのことも覚えててくれて、
すごく嬉しい。
6月、雨の季節、ふいの晴れ間に建設しちゃわないとなんだね。
タバコを吸いながら、ビールを飲みながら、着々と、組みあがっていく、夏。
思考と試行に対し何らかの答えを出すため、行動を起こすことにした。
武者震いっていうのを久しぶりに、かんじた。
(会社辞めた時以来かも?)
2005年06月22日 02:19
Stone
新宿Rolling Stoneクローズ。
33年間の歴史に幕を閉じる。

そのニュースを聞いたのは、下北沢ClubQueでやってた大好きなイベントの帰りだった。
Stoneのスタッフの子が、フライヤーで教えてくれたんだ。結構信じられなかった。
23歳。
自分が何をしたかったのかも曖昧で、ただがむしゃらに道端で歌に向かっていた頃。
弦をすぐ切り、アコギに穴が開くぐらい擦って、がなって、下駄で空を飛んでた。
当たり前だけど、僕は浅かった。
はっきり言って洋楽はBeatlesとoasisしか知らないまま「プロになる!」って吠えてた。
なんとかしたくて、洋楽好きの友達に連れてってもらったのがStone。
路上ライブ歌い終わってから朝までの時間は、勉強の時間として必ずここに来てた。
ロックというものの存在と、楽しみ方を教えてくれた場所。
StonesもRamonesもWhoもElvis CostelloもPresidents of USAもThird Eye Blindも
Stone RosesもBeckもNine Inch NailsもFountains of wayneもPrimal ScreamもBlurも
Chemical BrothersもAsian Dub FoundationもAshもGarbageもIggy PopもUnderworldも、
あーもう思いつかないけど、
こんなもんじゃないもっと沢山の知らなかった洋楽が、「いつもの洋楽」になった場所。
そりゃー、一晩中ノンストップで曲かかってりゃー、覚えるわ(笑)
汗にまみれ、タバコの煙にまみれ、笑顔にまみれ、暴力にまみれ、人見知りにまみれ、
足を踏まれ、意味不明のハイタッチをし、嫉妬し、眠り、目を閉じて違う景色を味わい、
音の洪水にまみれる怒涛の時間。一生続くと思ってたんだけどな。終わっちゃった。
出会った人。
ガタイがでかくてモヒカンの店員さん。
いつも威勢が良くて、時には仕事を忘れて踊りまくっちゃう人の良さ。
いつもラムコークありがとうでした。
トキコ。
「この曲、なんてタイトル?」って何回聞いたかわからない。
編集したMDをくれたりもした。ありがとう。
そしてDJ。
中でも特に大沢睦生さんとの出会いが、僕を育ててくれたと言っても
過言ではないです。プレイ後に、お友達になれました(実はすげー嬉)!
貴重な20代を過ごさせてもらったな。
最後汗まみれになって踊った。
33年間の重みとか、ロックな生き方とかはなんとなくしかわかんない。
けど、あの時面倒臭がって友達について行かなかったら、あの狭いフロアで音の洪水に
まみれて「あ、俺はこれだ」って言葉じゃなくて身をもって確信できなかったら、今の自分は
なかったかもしれない。とても感謝しています。
朝5時、クローズを惜しむ常連(とか常連だった)客が溢れ帰って
思い出を語り合ったり、疲れ果てたりしてた。
みんなジャンキーで、とっつきづらかったけど、すげー好きだった。

↑モヒカンの店員さん
なわけで、
Stone, Forever!!
2005年06月20日 22:24
湾一周原チャリの旅
今日はとりとめもなく旅日記を。
作業が一段落したら、どこか遠くへ行きたくてさ。
でもフランスや沖縄に行って(しかも楽しんで(←重要))帰って来れるほどの金もなく、
しかたなく悶々としてたが、移動フェチの俺としてはどうしても落ち着かなかった。。
「暖かくなってきたし、MONKEYに乗って出かけようかな・・」
乗り物って、やっぱり走らせることが一番の愛情表現だと思うのね。
SUNNYさんも物思いにふけりたいときは、ふらっと出かけてしまうとのこと。。
おし、梅雨が始まってしまう前に、いっちょ行きますか!キック、スタート★
地元の、ひんやりと湿っぽい細い路地を抜け、踏切りを渡り、山道を登り下って16号に出る。
海が見える。テンション上がる。ただなんとなくハンドルを横須賀へ。梅雨前の空は夏を
予感させるね。

そのまま南へと下って、久里浜に着いた。
意外にも早く着いてしまうものだな、なんて感心。
「フェリーのりば」
久里浜からは東京湾フェリーで千葉へいける。

車で向こう側へ渡ったことはあったけど、原チャリでは初めて。1000円ちょっとで渡れ
ちゃうんだね。

ぎりぎり雨を堪えてる空を眺めながら、甲板でパンなど食べる。

金谷港について、北上。
ここでなんと、雨が降り出し(!)絶望的な気持ちになるも、再び好転。よかった(T-T)
気合でハンドルを握る。MONKEYはスクーターみたいに足を閉じれないから、股の間から
雨がしみてくるのね、非常に不快。。
木更津までは交通量の少ない海岸沿いののどかな道、そっから君津の工場地帯へ入ると
風景は一変。でかい工場、でかいトレーラー、でかい俺に、ちっこいMONKEY。
「なぜ君は、それで、ここに?」そんな運転手さんの目線をひしひし感じながら、ひた走る。
道はビックリするほどまっすぐ続いていた。考え事をぐるぐるとめぐらせながら、五井という
駅に着いた。
五井には、
小湊鉄道っていうローカル線が1時間に1本とか走ってて、この気動車にどうしても乗りたか
ったんだー。主たる目的と言っても過言ではない。この1両編成の列車に乗るために、原
チャリで海を渡って一人、やってきたわけだ。んー。ロマンかもしれない。これ。

親の田舎が茨城の筑波なんだけど、僕が小学校3年の時に廃止になってしまった、「筑波
線」の面影そっくりなんだ。五井-上総牛久までを往復。向かいに座った高校生カップルを
眺めたりなんかしてるうちに約1時間の休憩?が終了。すごい好き。この線。絶対また来る。
五井からは千葉みなとをまわり、357沿いを走る。3ℓ満タン給油。1回給油で100kmは走ってくれる。どんだけ燃費いいんだ、MONKEY。気がつくと昔勤めてた会社のある幕張へ。
ビルの上のほうから見ると電車がポッキーみたいなんだよ。でも今は電車は電車のまま。
幕張をあとにし、前に一人暮らししてた浦安(南行徳)へ。
昔の自宅が違う誰かの家だなんて、ちょっと寂しい。部屋近くに工場があって、いつ見ても
ハウルの動く城みたいに煙突から勢い良く煙が出てたんだけど、工場自体、閉鎖したらしく
サビサビの無残な姿になってて、なんだかとても悲しかった。
当たり前だけど、今はもう、あの頃じゃないんだな。
浦安から葛西橋通り、永代橋通りを経て東京茅場町のオフィス街へ。もっそい場違い。
平日だったのでみんな一生懸命働いている。少し申し訳ない気分になる。
ふらふら意味もなく秋葉原とか行ってみる。
・・ちょっと似合ってしまった自分に気づき(笑)、昭和通りを戻る。昭和通りってなんであん
なに柱が黒いの?!新橋から虎ノ門へ、虎ノ門から飯倉へ、飯倉から東京タワー。
もう雨は降らないみたいだ。肌寒くなってトレーナーを着込む。三田から白金→目黒通り。
丸子橋渡り綱島街道、環状2号に乗って、帰宅。
家に到着したのが18時頃。家を出たのが9時頃だったけど、意外といけちゃうもんだね。
原チャリ東京湾1周の旅、終了。交通費:船+ガソリン代(1回給油)=1500円。
安っ!
こんなちっちゃいヤツだって、湾を回れちゃうんだな。
行こうと思ったかどうか、より、行ってみたかどうか、が大事なんだ。
2005年06月18日 05:03
Rec

レコーディングも大詰め。
佐藤君にも頑張ってもらっています。
やべぇ、ちょっとカッコイイ(笑)
この日は何本もアコギを重ねてもらいました。
レコーディングを続けてきて最近やっと分かってきました。
SUNNYさんのプロデュースは「一音入魂」の精神。
同じフレーズを何度も何度も練習して出す音よりも、腕利きミュージシャンがブースに入っ
て1発目に出す音。1発目のテイクを大事にするそのセンスが、オオゼキタクの音楽のテン
ションを支えているんですなー。
なわけで、
いい作品まとめてるので、お楽しみに!
2005年06月16日 14:25
石垣さー
最近出来た友達に、沖縄は石垣島出身のヤツがいて、
「どうしても見せたいんす!」って誘われて、新宿にライブを見に行きました。
同じ石垣島出身の「ノーズウォーターズ」。
幼馴染で組んだバンドで、島唄ではなく徹底的にブルーズロックな人達でした。
この日は泡盛をかっくらいながらアコースティックなライブだったので、いつもより余計に
「唄」が届いたのかもしれないです。
沖縄の音楽・・というか沖縄の人と接したのは今回が初めてだったし、泡盛を飲んだのも、
こんだけ生きてきて今日が初めてだったわけで(笑)、最初身構えていた僕でしたが、
ライブ後半はハンドクラップしながら、でかい声だして一緒に歌っている僕がいました。
人から起こり、人に伝わるエネルギー。
「歌」はアーティストのものでなく、お客さんのものである。
いかに手放すことができたか、で、物凄く伝わってくるんだなぁ。
持っていることに執着してちゃーダメなんだ。あげなきゃ。どんどん。
なくなったら、また新しいの作ればいい。
客席の一番後ろで腕組んで観るライブもいいけど、一緒になって踊ったり笑ったりすること
こそ、音楽のほんとの楽しみ方かもしれないね。ライブに参加してる方の多くは沖縄の方で
したが、その楽しみかたを生まれながらにして知っているんだな、って思いました(^^)
2005年06月15日 14:20
フランスから

フランスから来た友達に会いに行きました。
と、軽々しく言ってしまえそうなほど、フレンドリーな雰囲気。
Tahiti80のライブが渋谷O-Eastであり、見に行ってきました。
基本的に全部英語で歌うんだけど、曲終わりの「サンキュ!」にあたる部分を「メルシー、
ボク!」ってフランス語で言ったりするところがすごくキュートだったな。男のうたうたいに
キュートだっていうのは失礼かもしれないけどね。ファルセット(裏声)が、ライブでもこんな
に美しく響くもんなんだなーって見とれていました。
今までアルバムを買い集めていて、曲も口ずさめるくらい好きなのに、実際Tahitiのライブ
を見たのは初めてでした。やっぱ、実際見てみないとダメだね。胸に入ってくる重さが全然
違う!それがなぜそうなのか、意味を持つ!
「音楽ってこうしなきゃダメ」みたいなセオリーがあるとしたら、「たとえば、こうしてみたら
気持ちよくない?」っていうアイデアを否定しない空気というか、BassがPercussionに回っ
たり、VoがBassを弾いたり、Keyboardとドラムが交代したり、楽しくて気持ちよくなれれば
こういうパターンもありだよね!っていう自由度の高いライブだった(もちろんそれを支えて
いるのは確かな技術力だったりします・・)。Heartbeatかっこよかったー。。Marvinのカバー
も素晴らしいものでした。
僕がバンドじゃなくてソロでやってこう、って思ったのは、この自由度っていうキーワード
を大切にしたかったというのがあります。たとえばこの曲にはこんなギタリストにお願いし
たいな、とか、たまにはアコースティックな小編成もありだな、っていうふうに「歌」を中心
として自在に形を変える音楽でありたいと思ってたりしています。
2005年06月14日 14:04
あの頃みたいだった
横浜駅西口に、大好きな店があります。
Stove's。
オリジナル曲を歌い始めた20歳の頃、
自分が歌うきっかけとなった先輩ミュージシャンに、金魚のふんのようにくっついていって
垣間見た、かっこいい大人がいる世界。何も知らなかった自分。つながりがつながりを呼ん
でくれると、テキーラサンライズを飲みながら感じてた。
その店がずーっと憧れで、でもなかなか入れなくて、
そこに似合う男になるように、頑張ってきたってとこもあって。
仕事帰りのスーツでそのまま入ると、ちょっと浮くんだよね。そこ。
今日、keisonとMatthew Pittsのライブを見に行きました。
すんなり店に入れた自分がいました。
つながりがつながって、今の自分があるんだと、Coorsを飲みながら思った。
演奏も、お客さんも、間違えも、弦切れさえも、最高にHappyなライブでした。
はじめてライブ見たのに、
MCに受けて爆笑したり、手拍子したり、別のお客さんと友達になったり、いいプレイに興奮
してYeah!って叫んだりして。俺には無いものをいっぱい持ってる。うらやましいっていうの
はなくて、それを純粋に楽しんでいる自分がいました。帰り際握手したkeisonさんの手はご
つくて優しかった。サーフィン、してみよっかな、ってちょっと思った。
今日は、20歳位の歌うたいの後輩を連れて行ったんだ。
なんだか、あの頃みたいでした。
つながりがつながりを呼んだら、ひょっとするぜ、あいつ。
2005年06月07日 02:58
Tulip咲いた

数ある日本のバンドで、
なぜか「自分」を感じるバンドが2つ。
オフコースと、チューリップ。
歌のメロディだけでなく、楽器のフレーズが、歌っている。
大ファンで、徹底的に歌いこんで勉強してきたってわけじゃないんですが(失礼)、大切にし
たい言葉やメッセージにおいて、無意識のうちにその世界を目指している自分がいる。そん
な不思議な感覚。曲を作ってると、ふと、彼らの存在を浮かべたりしてる自分がいるんです。
「こんな風になりたい」って、素直に思えるんです。
手が届かない、っていう圧倒的な存在感で。
歌謡曲全盛の時代に、自分たちの手で音楽を作り上げるスタンスを変えずに貫いてやっ
てきたこと、大好きな洋楽をとことん研究した、そんな技術に裏打ちされた叙情ということ。
メッセージが届き、世代を問わず愛されているということ。物凄く尊いことだと思います。
はじめて、チューリップに会いにいきました。
神奈川県民ホール。
33年前のこの日、デビューしたんだって。
知らない曲ばかりなのに、なぜこんなに想いが共鳴するのかな。
単純に、
僕が生まれる前にこれだけの音楽を完成させ、世に放っていたのかっていうことに驚き、
最近の楽曲を聴いて物凄い勢いで新陳代謝されてるんだな、っていうことに驚き、
解散・再結成を経て今の世に鳴らされ、それを僕が受け止めているってことに驚き、
揺り動かされた、そんな夜でした。
虹とスニーカーの頃→青春の影→心の旅
の流れには、完全にやられちゃいました。
今の僕におきかえても、すんなりと心に届いてくる、言葉。
ステージ裏で財津さんにお会いして、ご挨拶しました。
さっぱりした笑顔の中に、幾多の葛藤や苦悩を乗り越え今がある、というなんつーか
凄みを感じた。なんというか、言葉でうまくいえないのがもどかしいんですが、
僕にとって物凄く、おおきかったんです。
今日という夜が。
2005年06月07日 02:43
部屋の掃除は頭の掃除

部屋の大掃除。
どこいっちゃってたか分からなかったCDや、昔作ったDEMO(曲のみ)を発見して、ひさびさ
に聴きながら構想を練ってみたり、読みかけの雑誌とかパンフレットとかを思い切って捨て
たり。
みんなからもらった沢山のお手紙や、メッセージカードに改めて目を通して、顔やそのとき
のシチュエーションを思い浮かべてみたり。
とりあえず、とりあえずでごまかしてきたダンボールのCD棚やCDが満載の紙袋を捨てて、
ちょっと奮発してでかいCD棚を買ってみたり。窓を開けてホコリ出して、空気入れ替える。
いろんな「やらなきゃ」がどんどん見えてくる。
2005年06月02日 15:26
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